★直感を大切に生きるアラフォー女の日記★

家事と仕事が大嫌い(笑)現在学生アラフォーニート主婦が神秘体験、投資、錬金術(節約術?)、心理学など現在興味のあることを無意味に綴る自己満ブログ

闇の記憶…それでも理屈抜きに愛されていたという確信

封印していた重くて暗い闇の記憶の話。

愛とか、普段使いしないワードですけど、愛という目に見えない抽象的なものは私の中心にしっかり植えつけられている確信があります。

説明はつかないけど絶対的確信。私の芯の部分に太く強く根付いている。
目にみえないけれど誰がなんと言おうと、何があっても何をされても壊れない強い頑丈な芯。それは時には人を助け、時には人を傷つけるもの。
この芯は私の最大の武器であり、宝物だと思っている。

3歳の時に即死したアル中の父親の生き写しと言われていた私。事あるごとに、生前の父を知る人は必ず口にする「お父さんとソックリ」、見た目も性格も生き写しだと時々は憎々しげに。

死んだ父親がアル中だったのは少し大きくなってから母から聞いた。

お酒を飲んで朝帰りした父親を玄関先まで迎えに行った記憶や、暗い部屋で晩酌する後ろ姿、おつまみのモヤシの酢の物を「酸っぱくて美味しいよ」と口に入れてくれた、母親がいない時に作ってくれたお昼ご飯のチャーハン、妹がいなくなって一緒に走って探し回ったこと、真夜中に持病で苦しがってよだれを垂らしながら柄の部分が白い包丁を持ち出す父の姿。
母親が飛びかかって包丁を取り上げ、棚の下の隙間に包丁を隠した一部始終を布団の中から見ていた3歳前の私。
その後救急車が来て、担架に乗せられた父を玄関先で見ていたこと。


のちに母親にこの記憶の真偽を聞いたら驚かれ、その時どうやら父親は苦しく自殺しようとしてたみたいです。

こんな重い記憶は、今の私の性格に多少は影響しているかもしれません。

私が3歳と2ヶ月くらいの時に、母親と私と妹で遠くの親戚のところへ家出して数日後、父が亡くなったと電話があり、急いで新幹線で家に戻ったらすでに棺桶に入った父の姿も覚えています。

だから何?という話ですけど、この父に私は愛されていたという強い強い確信があります。入退院を繰り返していたので一緒に過ごす時間はあまりなかったらしいですけど、記憶にはないけれど愛されていた。無条件に。絶対的確信。なぜだかわからないけど。

「お母さんは苦労したよ。孝行してあげて」って事あるごとに周りの大人に言われたけど、子供の私にはそんなの理解できるはずもなく。

たしかに結婚生活4年間、多分母は苦労しました。けれどその時私は子供でした。父のアル中も私のせいではなく、母のせいでもない。

父親の自己責任。もしくは父は被害者だったかもしれない。
命と引き換えに大好きなお酒を飲んで、持病で苦しみ自殺までしようとした父が、妻子に家出された後、好きなだけ意識なくなる程お酒を飲んで交通事故で即死。
一人儚く散った命。
誰も泣かないお葬式。

短い生涯だったけれど、ある意味、良い人生だったのではないか?と私は思う。

一瞬で苦しみから解放されたんだから。

父の分まで長生きしたい。なんて思わない。思わないけど、時々は思い出す。

父の生き写しの姿はそう悪くなく気に入っているし、どこぞの誰かが言ったように性格だって生き写しならば、そう悪くないはず。
だって過去も現在もそれなりに楽しく過ごしているから。

色んな人生があっていい。親がどんな親だったかなんて関係ない。私は私。


理屈抜きに無条件で誰かを愛したことはありますか?