★直感を大切に生きるアラフォー女の日記★

家事と仕事が大嫌い(笑)現在学生アラフォーニート主婦が神秘体験、投資、錬金術(節約術?)、心理学など現在興味のあることを無意味に綴る自己満ブログ

支配欲と暴力性と秩序の乱れ★ねじまき鳥クロニクルの考察

こんにちは。

やっとねじまき鳥クロニクルを読み終わりました。一度読んだ本をもう一度読むことがほとんど無い中で、
また読みたくなったので約四半世紀ぶりに読んでみました。

一言でどんな内容かを言い表せないけど、
「わかる」というのが簡単な感想です。

主人公の岡田トオルが失踪した猫と妻を探し出す過程で出会う個性的な登場人物の物語が、点と点が線で繋がっていく話なんだけど、分厚いし3巻もある上に、
沢山の登場人物の話が飛び飛びに出てくるし、抽象的な表現が満載なのでわかりにくいですが、


妻の兄、綿谷ノボルの仮面の裏にある「支配欲と暴力性」は、人の無意識内にある普遍的なものであり、それは人を肉体的にも精神的にも殺してしまうことができる。

あとは秩序が乱れると、物事がうまく進まず滞ってしまう。その秩序を正そうとする人物が「私利私欲」のためだけに人の上に立つと激しい弱肉強食の世界が生まれてしまうが、いくとこまでいってしまうとそれを止める術はなく、片方が屈服するか「破滅」することでしか止めることはできない。

支配と服従の間に生きている人達が、加納マルタ、クレタ、本田さん、マミヤ中尉、岡田トオルナツメグとシナモンで、どこにも属していない、いわゆる「自由な人」たちであり、
特別な能力で人を癒す役割を果たしているが、
そういう役割は自分をすり減らすことにもなるけど、支配と服従の世界には欠かせない役割なのだろうし、一見オカルトっぽいが、普通の家庭にも当てはめることができる。

どの集団も支配者と支配されるもの、その間に挟まれる人で成り立っているが、パワーバランスが崩れ秩序が乱れると心身どちらか、またその両方を「殺される」被害者が生まれ、乱れが行きすぎると「破滅」か、死ぬまで支配関係を継続するしかない。
集団の秩序をバランスよく保つことは難しいから、時には他人の力を借りてだましだまし生きていくこともアリ。
生きるのは、山あり谷ありで大変なことである。

といった内容じゃないかな??

クミコと、加納クレタ、死んだクミコの姉は、綿谷昇によって穢されたが、肉体的なものではなく、精神的に穢されたのだ。

どのように精神を穢されたのかは、人によって解釈が分かれると思うけど、
純粋で綺麗な愛よりも、女性が動物として奥底に本能的に持っている「力のあるものに強引に支配されたい欲」を、綿谷昇に引き出されてしまったのを加納クレタは「穢された」と表現しているのではないか?というのは私見にすぎないけど、なんか、わかる。

人間には不必要な、邪魔なものを、本人も気がついていなかったかもしれない存在のものを、しかも野蛮で原始的で動物的な「汚い」ものを無理やり引き出されると怒りと困惑で頭がおかしくなりそうな、そんな感じ。

これ以上被害を拡大させないために、妻クミコは、兄の綿谷ノボルを最後に殺してしまったのだと思います。人間の仮面を被り、人間の知能を持った野蛮な動物は、早いうちに世のために殺処分した方がよさげ笑

近所に住む16歳の笠原メイは、岡田トオルニュートラルな状態に戻す意外にも重要な人物かと。

こんな感じの考察です。


読み終わったらなぜかモラハラに怒りが湧いてきて、離婚したくなりましたが、
一瞬で「破壊」したり逃げたりするのは簡単だけど、
今の状況でよりよく秩序を正す手助けをしたり、物事がスムーズに滞りなく流れる術を考えるのが私のようなお母さんだったり、主婦の役割なのかな?なんて新たな気づきを得ました。
それでもにっちもさっちもいかない場合は、他人の力を借りることも必要なんでしょう。
表面的に幸せに見える家庭でも、おそらく何もない家庭はないのではないかな?と。

ジブリ作品と同じく、人の無意識の中にある普遍的なものに訴えかけてくる、わかりにくいけれど、とてもわかる小説なのではないかと思います。